(試合レポートのため、選手等の敬称を略させていただいております。ご理解のほど、よろしくお願いいたします)
※本記事は2023年5月に公開した記事を加筆・修正しております。
ゴールデンウィーク突入前の4月28日、沖縄の天気は快晴。絶好のプロレス日和だ。
週末の午後6時。仕事帰りに一杯やるのが楽しみな人がいるように、仕事帰りにプロレスを楽しむには、もってこいの時間と言える。
会場は2021年10月31日に開館したばかりの真新しい「那覇文化芸術劇場 なはーと」の大劇場。
舞台は完璧に揃った。最高の日時と最高の場所、最高の出場者。豪華なゲストを迎え、琉球ドラゴンプロレスリング(以下、琉ドラ)の選手たちも記念試合にかける意気込みは満々で申し分なしだ。
しかし、琉ドラファンの心の内はどうだっただろうか。
全員の気持ちを推しはかることはできない。だから、僕の気持ちを書いておこう。
最高の舞台が整ったにも、かかわらず、心は不安で一杯だった。
なぜならば今大会のメインイベントに、団体の命運がかかっていたからだ。
現チャンピオンはドラゴンゲート所属で「全知全能」の異名を持つYAMATO。ベルト奪還に燃え、挑んだ琉ドラ所属選手たちを返り討ちにした実力は、誰もが認めるところだ。
そして、挑戦者は琉ドラの代表・グルクンマスク。デビューから22年目を迎え、本日の試合をもって休業に入ることを宣言している。
グルクンマスクは琉王のベルトを2回戴冠したことがある、琉ドラきっての実力者。当然のことながら、今回の琉王奪還に燃える気持ちは誰よりも熱く強い。
琉ドラの代表が、琉ドラという団体の存続という重責を背負って臨む一戦に、ファンの心には期待と不安が渦巻いていたことだろう。
10周年を祝う花の数々を横目に、様々な思いを胸に秘めながら席へと向かう。最後に見える景色は一体どんなものになるのだろうか。
前説の2人
琉ドラ試合前の恒例行事といえば前説だ。
リングアナのトニーTが1人で行うときもあれば、選手と組んで行うときもある。
今回は10周年とあってレアな2人、トニーTとレフェリーのシマ マスオが前説を担当した。
沖縄の平日では考えられないほど人が集まった「なはーと」大劇場に感無量の2人。
さらに、懐かしい顔も見えたようで、感慨深い言葉も漏れている。
そして解禁された選手への声援。マスク越しではあるが、プロレス観戦の醍醐味である声援は、ファンはもちろん選手への大きな後押しになる。
いつもの掛け声がホールに響き渡った。
「今日も暑く燃えるぞ!いくぞ!(観客:オーッ!!)」「琉球ドラゴンプロレスリング、スタートー!!(観客も一緒に:スタートー!!)
琉ドラ10年という節目の試合がついに開幕する。
御万人王座「琉王」戦・公開調印式
リング上には長机と椅子が3脚用意された。
その中央にはDRAGON GATEのGM、斎藤了が手を前で組み、神妙な面持ちで直立している。
私が見てきた限りでは、初めての公開調印式。
メインイベントの琉王戦が、いかに重要なものになるのかを物語っている。
入場ゲートから、王者・YAMATOと挑戦者・グルクンマスクが登場。
YAMATOは余裕があるのか、客席に突っかかっていく姿も見られた。
一方のグルクンマスクは、神妙な面持ちでリングへのと向かう。
3者が着席し、調印式が行われる。
グルクンマスクは必ず勝ってベルトを獲り、ファンに笑顔で帰ってもらうと宣言。
一方のYAMATOは徹底的にグルクンマスク、そして琉ドラをこき下ろす。最後は「グルクンマスクを楽にしてやってくれ」とまで言い放った。
憎たらしいまでのマイクパフォーマンスのYAMATO。
固い決意を持ち、至宝奪還を誓ったグルクンマスク。
メインイベントへの導火線に火が点いた瞬間だった。
第一試合 RYUKYU−DOGディンゴ復帰戦 タッグマッチ 20分一本勝負 RYUKYU-DOGディンゴ、 K-JAX、美ら海セイバー組 VS ビリーケン・キッド、ドレイク森松、TAMURA組
琉ドラにはヒールユニットが存在する。その名は「MAD DOG CLUB(マッド・ドッグ・クラブ。以後、MDC)」。
そのMDCを率いているのが、「MAD DOG KING」の異名を持つディンゴだ。
彼は今、難病との長いファイトの中にいる。ギランバレー症候群が彼の対戦相手だ。
難敵との戦いが続くディンゴが琉ドラのリングに再び上がる。これだけでもファンにとっては興奮の一戦。
外国人にも大人気のMDC、特にディンゴの本格的な試合復帰は3年振りということもあり、観客からの声援も大きい。
対戦相手であるビリーケン・キッド(大阪プロレス)は、琉ドラへの参戦歴もあり、琉王のベルトをディンゴと争ったこともある実力者。
ドレイク森松(フリー)は、沖縄に移住していた経験があり、現在は大阪で「立ち呑み処 て〜げ〜家」を営んでいる。もちろん、実力は折り紙付きだ。
TAMURA(プロレスリングHEAT-UP)は、沖縄には非常に所縁のある今井礼夢が所属するHEAT-UPの代表。琉ドラのトーナメントである我栄トーナメントにも参戦した猛者。
この3人に対し、ディンゴはどのような試合を見せてくれるのか。ファンの期待は試合開始前から、いやがうえにも高まっていた。
試合は美ら海セイバー対ビリーケン・キッドで開始。腕の取り合いからグラウンドの攻防が繰り広げられる。
どちらも譲らない、手に汗握る展開。プロレス巧者同士の試合はいつ見ても「すげぇ〜!」の一言だ。
MDCの2番手はK-JAX。188センチ、110キロという恵まれた体格は対戦相手を怯ませてしまうほど。
キッドはその巨体に怯むことなく力比べを挑むが、これはキッドの罠。背後からTAMURAが近づいてきて、ダブルスレッジハンマー。
2人から攻撃を受けるJAXだったが、ブレーンバスターを回避して逆に2人を投げ飛ばしてしまう。
デビューから2年も経たないレスラーとは思えないほど豪快な技。これがJAXの魅力だ。
そしてついに、ディンゴがリングに上がる瞬間が訪れた。
JAXからのタッチを受け、リングに上がったディンゴは興奮を隠せない様子で「ダンダンダン!」と足を踏み鳴らす。
会場内が期待と感動に包まれた瞬間だ。軽やかなミドルキック、水面蹴りを披露するディンゴの姿は、とても3年振りの復帰とは思えないほど冴えている。
大暴れするJAX、巧みなプロレステクニックで会場を沸かせるセイバー、そして、ディンゴが見せるコード・ブレイカーやセントーンに会場からは歓喜の声援が沸き起こる。
だが、相手も負けてはいない。
TAMURAのキレのあるキックと打撃、ドレイク森松は金属バットやパイプ椅子を巧みに使ってダメージを与えていく。
最後は、キッドのこうもり吊り落としがディンゴに炸裂!
3カウントが入り、ディンゴは復帰戦を白星で飾ることはできなかった。
リング上では、敵味方関係なく大の字で倒れたままのディンゴに声をかけ、手を差し伸べて握手を交わす。
特にキッドとは抱擁と言葉を交わす。ディンゴはその間、小さく何度も頷いているように見えた。
勝者がリングを降りていく中、MDCの2人は両サイドからディンゴの腕を高く掲げ健闘をたたえる。
完全復活を果たし、その勇姿をファンの目の前に見せてくれる日は必ず訪れる。誰もがそう思い、希望を持った一戦ではないだろうか。
第二試合 日台対抗戦 タッグマッチ 30分一本勝負 佐々木貴、葛西純組 VS 闘魚、戰熊
「デスマッチのカリスマ」なはーとに降臨。
その生き様がカッコ良く、映画にもなった「デスマッチのカリスマ」葛西純。
そして、同じくデスマッチ界にその名を轟かし続ける我らが「殿」、佐々木貴がリングに上がる。
対するは、PUZZLEプロモーション所属の闘魚(ドウユ)と戰熊(ザンション)のタッグチーム。
台湾のプロレス団体からやってきた2人は、日本デスマッチ界の二大巨頭から勝利をもぎ取ることができるのだろうか。
観客には、台湾から来た方もいるようで、「ドウユー!」「ザンショーン!」の掛け声も飛び交っている。
しかし、声援は圧倒的に2人のカリスマに集まっていた。
はっきり言ってこれは、かなり美味しい状況だ。闘魚、戰熊組が勝利を収めれば、彼らの名声は一気に跳ね上がること間違いないだろう。
台湾から来た2人にとって、絶好のチャンスが目の前に広がっていた。
試合はゴングを待たず、葛西・佐々木組が奇襲攻撃で開始。
佐々木が戰熊をリング下に叩き落とし、闘魚が孤立してしまう。
ダブル攻撃を仕掛けようとした葛西・佐々木組だったが、闘魚がこれをキックとエルボーで回避。戰熊と共にダブルドロップキックを放つ。
これで佐々木がリング下に転げ落ちると、闘魚が葛西に襲いかかり、パワースラム、ギロチンドロップとたたみ掛ける。
反撃できない葛西は、コーナーへ押し込まれ闘魚・戰熊のダブル攻撃の餌食に。
見事なコンビネーションを繰り出してくる台湾チームに、葛西はローンバトルが続く。
孤立状態の葛西だったが、闘魚の首4の字から逃れることに成功。しかし、なぜか相手コーナーに向かって行き、戰熊にタッチしようとしてしまう。
再びローンバトルかと思われたが、葛西は何とか佐々木にタッチ。
佐々木は闘魚をフライングニールキック、戰熊をキャッチ式延髄切りで場外へ落とす。
ところが今度は佐々木が台湾チームに捕まり、ローンバトルに引きずり込まれる。この状況を脱したい佐々木は、戰熊をロープの反動を使ったラリアットで倒して葛西へタッチ。
その後、一進一退の攻防が続く展開が繰り広げられる。特に台湾チームは大技を繰り出し、カリスマチームを勝利に指が掛かるところまで追い詰める。
しかし、修羅場をくぐり抜けてきた数の差か、最後は葛西のフェイバリットホールド「パールハーバースプラッシュ」が炸裂してThe END!
日本が世界に誇るカリスマデスマッチファイターたちを、あと一歩まで追い込んだ台湾チームのポテンシャルの高さには驚かされた。
葛西は試合後、闘魚、戰熊に拍手を送るように観客を煽り、握手を求めたが闘魚がこれを拒否。プロレスラーとしての意地を見せつけた。
しかし葛西と佐々木には本当に驚かされる。デスマッチで観客を魅了するのは当然のことかもしれないが、デスマッチ以外のプロレスの試合でも魅せ方を心得ていた。
この高い実力と、高いパフォーマンスが多くのファンを魅了して止まない理由だ。
何度でもこのプロレスラーの試合が観たい!と思わせてくれるレスラーは数少ないように思うが、この2人は何度でも試合が観たいと思わせてくれる、最高のレスラーであることに間違いはない。
第三試合 グレースグループpresents スペシャルシングルマッチ 45分一本勝負 ハイビスカスみぃ VS まえだみさき
琉ドラには女子プロレスラーが2人所属している。それがハイビスカスみぃと、まえだみさきだ。
ハイビスカスみぃはデビューから21年の経験を積み上げてきた、琉ドラを代表する、いや女子プロレスを代表するレスラーだ。
他団体からも引っ張りだこで、その人気と実力は飛び抜けている。
一方、まえだみさきはデビューから5年。コミカルながら、闘志をあらわにして相手に立ち向かっていく姿が多くのファンの心を掴んでやまないレスラーだ。
そのみさきが尊敬しているのがハイビスカスみぃ。
試合前にはTwitter上でも火花を散らしていた2人は、一体どのような試合を見せてくれるのだろうか。
いつものように、笑顔で入場してくるみさき。この明るさも、ファンを虜にする彼女の魅力の一つ。
対するみぃは入場から観客を煽り、拍手と指笛を誘う。クールな表情のままリングイン。
試合が始まると両者は間合いをはかりながら、リングをゆっくりと回る。
そして、拍手の音が盛り上がってきたところでロックアップ!
まずはみぃが、みさきをロープに押し込んでクリーンブレイク。大きな拍手が沸き起こる。
2度目のロックアップも押し込まれたみさきだが、ロープ際で体を入れ替え、逆にみぃをロープへ押し込む。
クリーンブレイクと見せかけてラリアットを放っていくも、これはみぃが回避。
試合は序盤からみぃのペース。強烈なショルダータックル、グラウンド・ヘッドロック、コーナーでのエルボーの連打とみさきにダメージを与えていく。
みさきをコーナーに振り、攻撃を加えるはずのみぃだったが、これをみさきがビッグブーツで迎撃。
みさきは、みぃがフラつく間に股を潜って正面に回ると、下から突き上げるようにキックを見舞う。
これでコーナーに座り込んでしまったみぃ目がけて、みさきはお尻を押し付けるというコミカルな攻撃に。
ファンは待ってましたとばかりに拍手を送る。なんだかんだ愛されキャラのみさき。拍手はお尻を擦り付けている間、止むことはなかった。
精神的なダメージを負ったみぃは、まるで「臭い!」とでも言わんばかりに咳き込んでまう。
ここを勝負所と見たみさきは、みぃを抱え上げようとするが、踏ん張られてしまい逆にコーナーに投げ飛ばされる。
顔面踏み付け攻撃や首投げからの低空ドロップキック、片エビ固めとたたみ掛けるみぃ。
しかし、これを気力で脱するみさき。苦しくても立ち向かっていく姿に、観客からは拍手が沸き起こる。
エルボー合戦など、両者が気迫漲るファイトを見せたが、最後はみぃのスパインバスターが炸裂して3カウント。
苦悶の表情を浮かべるみさきに歩み寄ったみぃは、みさきの頭に手を置き何かを話しかける。
そして、手を差し出して握手をすると、みさきの右手を掲げて健闘を称えた。
「みさきに対して憎しみなんてこれっぽっちもない。むしろ愛しかない。好きだから、信頼してるから、ボコボコにする。」
Twitterでみぃはこうツイートしていた。
みさきはみさきで、初めてプロレスを直接見た中、鳥肌が立つほどの動きをしていた女性であり、憧れにもなったというみぃとのシングルマッチ。
両者にある相手への厚い信頼感を感じた素晴らしい一戦。
みさきにとって、まだまだ高い壁だったみぃ。
しかし、その壁の頂上にほんの少し、本当にほんの少し手がかかったのかもしれない。
最後にみさきを称えたのは、そんな後輩の成長を感じたらだったのではないだろうか。
第四試合 飛龍降臨!スペシャルタッグマッチ 45分一本勝負 GOSAMARU、首里ジョー組 VS 藤波辰爾、LEONA組
「飛龍革命」は昭和のプロレスファンならば、聞いただけでゾクゾクするフレーズではないだろうか。
飛龍革命が起こったのは、ここ沖縄だったことにも何かの縁を感じてしまう。
プロレス界のレジェンド、藤波辰爾が琉ドラのリングに上がる。それも、息子であるLEONAと一緒に。
集まった観客の中には、藤波辰爾親子が目当てという人も多かったかもしれない。
しかし、琉ドラ勢も負けてはいない。多くの修羅場をくぐり抜けてきたであろうことが、背中の傷からも分かるGOSAMARU軍団(仮)の団長GOSAMARUが迎え討つ。
打撃の重さなら琉ドラ随一と言えるタッグパートナー、首里ジョーも気合十分だ。
しかし場の空気を一変させたのは、やはりドラゴンだった。
ドラゴン・スープレックスが会場に流れると、会場のボルテージが一気に上がる。
その気迫からか、リング上にいる誰よりも藤波辰爾が大きく見えた。
先発はGOSAMARUと藤波辰爾。
僕は試合開始前の売店で、GOSAMARUから「咬ませ犬にはなりませんよ」との言葉を聞いていた。
だから、より一層この試合は楽しみだった。
果たして、宣言通り何か爪痕を残していくのか、それとも…。
力比べから始まった試合は、69歳とは思えないパワーを藤波が見せつけた。
腕の取り合い、バックの取り合いと、攻めと守りが目まぐるしく入れ替わる試合展開に観客は釘付けになる。
続いては首里ジョーとLEONAが向かい合う。
ジョーの得意とする打撃戦では、ジョーの逆水平とLEONAのエルボーが交錯。
ここはパワーに勝るジョーに軍配が上がり、最後はショルダータックルでLEONAをマットに叩きつけた。
琉ドラコンビの攻撃から逃れたLEONAは、うまくGOSAMARUを自陣コーナーに押し込み、親子で攻撃を仕掛けていく。
ここからは、両チームともに2対1の戦いが交互に繰り返される。
観客が大いに盛り上がったのが、藤波がGOSAMARUに決めたドラゴン・スクリューだ。
藤波がガッチリと足を取り、ドラゴン・スクリューの体勢に入った瞬間から観客の期待は膨らみ、決まった瞬間に喜びが爆発。
会場中に大きな拍手と指笛が鳴り響く。
終盤にかけて押し込んでいた琉ドラチームだったが、なんとLEONAがドラゴン・スクリューをジョーに決め流れが一変。
最後は、親子でドラゴン・スリーパーを決め、ジョーがタップアウト。
レジェンド藤波辰爾が勝利をもぎ取った。
最後の最後まで観客席に向かって手を振り、お辞儀を繰り返すドラゴンの姿。プロレスを愛し、プロレスファンを心から愛する姿が印象的だった。
その姿に観客も大きな拍手で応える。
ドラゴンを観ることができた喜びと、「あと何回、ドラゴンの勇姿を観られるだろう」という感傷を心に抱きつつ、観客は拍手を送り続けた。
第五試合 セミファイナル 御万人王座「双琉王」王座決定戦 60分一本勝負 Kzy、JACKY "FUNKY "KAMEI 組 VS ウルトラソーキ、ティーラン獅沙 組
琉ドラの至宝の一つであるタッグベルト「双琉王」はDRAGON GATEに流出。
琉ドラの選手たちは幾度となく、取り返しにDRAGON GATEのリングに上がったが、チームワークに勝る王者に敗れていった。
その王者は、KzyとU-T。DRAGON GATEの人気ユニット「NATURAL VIBES」に所属する選手達だ。
しかしU-Tが長期欠場となったことにより、双琉王のベルトを返上。今回の王座決定戦が行われる運びとなった。
DRAGON GATEからは前王者のKzyと、沖縄ではハイビスカスみぃの「息子」として名を知られているJACKY "FUNKY "KAMEIが名乗りを上げた。
闇堕ちしていないKAMEIの姿を見るのは初めてだったが、精悍な顔つきをしており、まさにナイスガイと呼ぶにふさわしい風貌。
琉ドラからは、糸満市出身のウルトラソーキと南城市出身のティーラン獅沙が名乗りを上げた。
両選手は「沖縄のベルトはウチナーンチュが巻くべきだ」という強い信念のもと、この試合に臨んでいる。
先陣を切ったのはティーランとKAMEI。
ティーランがコルバタを繰り出せば、KAMEIは打点の高いドロップキックを繰り出すなど、両者の身体能力の高さが垣間見られた。
NATURAL VIBESの2人は連携もガッチリと噛み合っており、なかなかその牙城を崩すことができない。
Kzyは細い体ながらパワーもあり、テクニックまでも兼ね備えているため、ソーキもティーランも攻めあぐねていた。
特にソーキには膝攻めを繰り返し、機動力を奪う作戦に出たKzy。
低空ドロップキックや関節技が決まるたびに、ソーキの悲痛な声が会場中に響いた。
中盤から終盤にかけては、ローンバトルを強いられたティーランが押し込まれる場面が増えてしまう。
琉ドラ勢の反撃は、ティーランがローンバトルを抜け出したところから開始。
タッチを受けたソーキが、KzyとKAMEIを両コーナーに固定して、串刺し式ボディープレスを交互に決めていく。
その後、2人を同一コーナーに固定したソーキは、まとめてボディプレス気味にラリアットを決め、2人を場外に落とす。
次の瞬間、会場がどよめきと拍手に包まれた。ティーランがノータッチ・トペ・コンヒーロをみまったのだ。
しかし、反撃はそこで断ち切られてしまい、再びティーランがローンバトルに引き摺り込まれる。
コンビネーション技を何度も喰らってしまったティーランはグロッキー状態に。
会場からはティーランを後押しする声援が飛ぶ!
万事休すの状態だったティーランを救ったのは、盟友のソーキ。
コーナーのティーランに向かって突っ込もうとしたKzyを突き飛ばし、これを阻止。
ここからソーキ、ティーランはKAMEIにコンビネーション技を炸裂させ、最後はティーランが獅子噛を決めて3カウント。
沖縄で生まれたタッグのベルトが、ついにウチナーンチュレスラー2人の腰に巻かれた瞬間だ。
ソーキは涙が溢れる中、対戦相手であるKzyとKAMEIに感謝を述べ、デビューがたった1日違いのティーランには、運命的なタッグでこれからも頑張っていこうとメッセージを伝えた。
ティーランはソーキの涙に苦笑いしつつも、ベルトを2度と流出させないこと、15周年、20周年を引っ張りプロレスを盛り上げることを誓った。
会場が大きな拍手に包まれる。
沖縄のプロレスを背負っていく2人の若いウチナーンチュレスラーに、誰もが期待し、夢を見たに違いない。
この2人なら沖縄のプロレスを、もっともっと盛り上げてくれるはずだ。琉球の新しい2つの星に込められた願いは、天空を駆け昇るだろう。2匹の龍の如くに。
第六試合 メインイベント 御万人王座「琉王」選手権試合 無制限一本勝負 【第12代琉王】YAMATO VS グルクンマスク【挑戦者】
スクリーンに煽りVTRが流れ始める。
無法の琉王、YAMATOが琉ドラのリングで暴れ回る姿だ。勝利を収めては、マスクマンの命であるマスクを剥がす姿。
そして、挑戦表明をしたグルクンマスクに対し、琉ドラの看板をかけるように挑発る姿。
それに応じるグルクンマスクの悲壮感を漂わせながらも、静かに青い炎が燃やす姿が映し出されていた。
琉ドラ10周年という節目を機に、一時休業を宣言していたグルクンマスクの前に立ちはだかった、無法者ながら人気、実力ともにトップクラスのレスラーであるYAMATO。
グルクンマスクが勝ち、至宝を奪い返すのか。それともYAMATOが勝利し、琉ドラは10周年という節目で消滅してしまうのか。
ファンが固唾を飲んで見守る、運命の試合が始まった。
悲壮感漂うピアノの音で奏でられるグルクンマスクの入場テーマ。会場にいるファンの胸にも、その覚悟がひしひしと伝わってくる。
入場ゲートから出てきたグルクンマスクの後ろには、いつもなら並ぶはずのないMDCと本隊、琉ドラに所属するすべてのレスラーが続く。
決して琉ドラを終わらせない。その思いがと伝わってくる。
そして、YAMATOの入場。ファンにちょっかいを出すなど、余裕綽々の態度。しかし、それができるのも、実績と実力を兼ね備えているからだ。
当然のことではあるが、YAMATOには声援も飛ぶが、ブーイングもそれ以上に浴びせられていた。
それを意に介さず不敵な笑みを浮かべるYAMATOの姿には、背筋が凍るような感覚を覚えた。
試合開始のゴング、いや、琉ドラの運命を乗せたゴングが会場に鳴り響く。
2人はリストの取り合いからグラウンドの攻防を展開。会場は固唾を飲んで、その様子を見守る。
試合を動かしたのはグルクンマスク。YAMATOをロープに振りアームホイップ。そこからドロップキックを見舞うと、YAMATOは場外へ。
そこへグルクンマスクはトペ・スイシーダを敢行。会場が大きな拍手に包まれた。
「ベルト獲るぞー!!」と気合いを入れると、グルクンマスクはYAMATOをリングに上げ、コーナーに追い詰めて座らせると踏み付け攻撃。
そこからスリーパー、ヘッドロックと攻め立ててYAMATOの体力を削っていく。
しかし、YAMATOはロープに振られる瞬間にグルクンマスクのマスクに手をかけて、これを阻止してヘッドロックへ。
グルクンマスクが、これを外そうとYAMATOをロープに振る。
その反動を利用して、YAMATOはショルダータックルを決めてグルクンマスクを倒した。
そこからYAMATOはレフェリーのブラインドを突いて、グルクンマスクのマスクを破りにかかる。
グルクンマスクのマスクは大きく破れてしまい、髪が見える状態に。
ここからYAMATOは、憎らしいほどスニーキーな試合を展開。グルクンマスクを追い詰めていく。
徹底的な足攻めと、強烈な逆水平。グルクンマスクの胸は真っ赤に。
しかし、グルクンマスクは何とか劣勢から抜け出し、ドロップキックでYAMATOを場外へ蹴り落とす。
そしてYAMATOにムーンサルトアタック。大技に場内がざわめきと拍手に包まれる。
両者が場外でなかなか立ち上がれない中、声援がグルクンマスクの背中を後押しする。
先に立ち上がったグルクンマスクは、YAMATOをリング内へ。
そこにグルクンマスクの代名詞である技「トビウオ」が炸裂。それをカウント2でYAMATOが跳ね返す。
攻め続けたグルクンマスクだが、YAMATOは一瞬の隙を突いて反撃に出る。
ニークラッシャー、アンクルホールドと今までダメージを与えてきた足にさらにダメージを加えていく。
そして遂には、グルクンマスクのマスクを完全に破り、素顔を晒すという暴挙に出たのだ。
場内に悲鳴が響き渡った。悲痛な叫び声、絶望の声。
しかしグルクンマスクは、素顔を晒されたことを気にしていないかのように立ち上がり、YAMATOの目の前に立ち塞がった。
感情を押し殺したような表情で、何発もエルボーをまともにくらうグルクンマスク。
そして、YAMATOの渾身の力を込めたエルボーを喰らった次の瞬間だった。
グルクンマスクの強烈なショートレンジラリアットが炸裂。YAMATOの体が一回転するほど強烈な一撃が放たれる。
そこから、鬼気迫る表情でYAMATOに垂直落下式ブレーンバスターを2発見舞ったグルクンマスク。
YAMATOはカウント2で返し、意地を見せる。
その瞬間、グルクンマスクは声を上げて笑ったのだ。その笑い声は、怒りが頂点に達したためか、それとも何かが覚醒したためだったのだろうか。不気味に感じるほどに乾いたような笑いが会場に響く。
ここからYAMATOも反撃を開始し、両者ともにフラフラの状態に。
いつ勝負がついてもおかしくない状況だ。
最後は、グルクンマスクの雪崩式ブレーンバスターからのムーンサルトプレスが炸裂し、最強にして最凶の琉王、YAMATOを下したのだった。
気がつくと、頬を伝うものがあった。多くのファンがそうだったに違いない。
これほどまでに、人の心を動かす試合を観ることができたのは奇跡だった。
新しい景色が広がっていく
しばらくの間、両者ともにリング上で大の字になって動けない。
グルクンマスクの周りには琉ドラ所属選手が集まり、介抱している。
やっと起き上がったグルクンマスクは、正座をして上空を見上げる。その背後では所属選手が拍手を送っていた。団体の存続をかけた激闘が終わったのだ。
マイクを握ったグルクンマスクはこう言った。
「これがありのままの俺の姿ですよ」
そう、そこには素顔を晒したままの、グルクンマスクが立っていた。そう、誰でもない1人のマスクマンとしてのグルクンマスクの姿があった。
51歳、ありのままの姿のおっさんが頑張れたのは、観客の声援、やられても、やられても立ち上がるプロレスラーだからだと語ったグルクンマスクには、拍手と声援が送られる。
そして敵であるYAMATOの実力を認め、琉ドラ全員が一丸となれたことに感謝しつつ、「ありがとう」とは言わないと矜持を見せた。
YAMATOはこんなはずじゃなかったと悔しさを吐露しながら、新たな刺客を送り込むことを宣言。
琉ドラとDRAGON GATEの抗争はまだまだ始まったばかりのようだ。
グルクンマスクは、これほどまでに感動的な試合を終え、琉王のベルトを奪還した。
しかし、彼はこれから休業に入る。
琉ドラを引っ張っていくのは残された選手たちだ。
琉ドラは屋台骨を失うことになる。しかし、だからこそ新しい屋台骨が出てこなくてはいけない。
大きな穴が空いたとらえるか、大きなチャンスが巡ってきたととらえるかは選手たち次第だ。
琉ドラは11年目から新章へ突入する。
誰が沖縄の、いや全国の琉ドラファンに新しく、刺激的な景色を見せてくれるのか。僕らは期待に胸弾ませて待つしかない。
選手全員にチャンスはある。誰が抜け出してくるのだろう。
新たな戦いは、この瞬間から始まっている。
最後に、グルクンマスク選手、10年という長い間、沖縄が誇るプロレス団体、琉球ドラゴンプロレスリングを牽引していただき、本当にありがとうございました。
休業がいつまでになるのかは分かりません。次、リングに上がるときは、きっと貴方が見たことのない景色が広がっていることでしょう。
その景色は選手はもちろん、ファンが作っていくものでもあると思います。
きっと、貴方を驚かせるような景色を、琉ドラと琉ドラファンが築いてみせます。また、必ずリングの上から、その景色を確認してください。
ひとまず、ゆっくり休んでください。
本当にありがとうございました!